2012年3月5日月曜日

チュッパチャプス対楽天事件・知財高裁判決(後編)

 さて、チュッパチャプス対楽天事件ですが、先日アップした「前編」に引き続き、本日は「後編」になります。

1.知財高裁判決
 控訴審である知財高裁では、以下のような判断が下されました(知財高裁平成24年2月14日判決)。(下線・太字は筆者による)
(読みやすさのため、筆者において段落の分け方を修正しています。実際の判決文では、下記1)内の文章は全て、段落分けをすることなく続けて記載されています)

 1)
「ア
 本件における被告サイトのように、ウェブサイトにおいて複数の出店者が各々のウェブページ(出店ページ)を開設してその出店ページ上の店舗(仮想店舗)で商品を展示し、これを閲覧した購入者が所定の手続を経て出店者から商品を購入することができる場合において、上記ウェブページに展示された商品が第三者の商標権を侵害しているときは、商標権者は、直接に上記展示を行っている出店者に対し、商標権侵害を理由に、ウェブページからの削除等の差止請求と損害賠償請求をすることができることは明らかであるが、
 そのほかに、ウェブページの運営者が単に出店者によるウェブページの開設のために環境等を整備するにとどまらず運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い、出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であってその者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは、その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り、上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し、商標権侵害を理由に、出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。
 けだし、
(1) 本件における被告サイト(楽天市場)のように、ウェブページを利用して多くの出店者からインターネットショッピングをすることができる販売方法は、販売者・購入者の双方にとって便利であり、社会的にも有益な方法である以上、ウェブページに表示される商品の多くは、第三者の商標権を侵害するものではないから、本件のような商品の販売方法は、基本的には商標権侵害を惹起する危険は少ないものであること、
(2) 仮に出店者によるウェブページ上の出品が既存の商標権の内容と抵触する可能性があるものであったとしても、出店者が先使用権者であったり、商標権者から使用許諾を受けていたり、並行輸入品であったりすること等もあり得ることから、上記出品がなされたからといって、ウェブページの運営者が直ちに商標権侵害の蓋然性が高いと認識すべきとはいえないこと、
(3) しかし、商標権を侵害する行為は商標法違反として刑罰法規にも触れる犯罪行為であり、ウェブページの運営者であっても、出店者による出品が第三者の商標権を侵害するものであることを具体的に認識、認容するに至ったときは、同法違反の幇助犯となる可能性があること、
(4) ウェブページの運営者は、出店者との間で出店契約を締結していて、上記ウェブページの運営により、出店料やシステム利用料という営業上の利益を得ているものであること、
(5) さらにウェブページの運営者は、商標権侵害行為の存在を認識できたときは、出店者との契約により、コンテンツの削除、出店停止等の結果回避措置を執ることができること等の事情があり、
 これらを併せ考えれば、ウェブページの運営者は、商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは、出店者に対しその意見を聴くなどして、その侵害の有無を速やかに調査すべきであり、これを履行している限りは、商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが、これを怠ったときは、出店者と同様、これらの責任を負うものと解されるからである。
 もっとも商標法は、その第37条で侵害とみなす行為を法定しているが、商標権は『指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する』権利であり(同法25条)、商標権者は『自己の商標権・・・を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる」(同法36条1項)のであるから、侵害者が商標法2条3項に規定する『使用』をしている場合に限らず、社会的・経済的な観点から行為の主体を検討することも可能というべきであり、商標法が、間接侵害に関する上記明文規定(同法37条)を置いているからといって、商標権侵害となるのは上記明文規定に該当する場合に限られるとまで解する必要はないというべきである。」

 2)
「イ
 そこで以上の見地に立って本件をみるに、一審被告は、前記(略)のようなシステムを有するインターネットショッピングモールを運営しており、出店者から出店料・システム利用料等の営業利益を取得していたが、前記(略)の番号1,2の展示については、展示日から削除日まで18日を要しているが、一審被告が確実に本件商標権侵害を知ったと認められるのは代理人弁護士が発した内容証明郵便が到達した平成21年4月20日であり、同日に削除されることになる。また、前記(略)の番号3~8の展示については、展示日から削除日まで約80日を要しているが、一審被告が確実に本件商標権侵害を知ったと認められるのは本訴訴状が送達された平成21年10月20日であり、同日から削除日までの日数は8日である。さらに、前記(略)の番号9~12の展示については、展示から削除までに要した日数は6日である。
 以上によれば、ウェブサイトを運営する一審被告としては、商標権侵害の事実を知ったときから8日以内という合理的期間内にこれを是正したと認めるのが相当である。」

 3)
「以上によれば、本件の事実関係の下では、一審被告による『楽天市場』の運営が一審原告の本件商標権を違法に侵害したとまでいうことはできないということになる。」

 4)
 また、一審原告によるその他の主張(一審被告による不正競争防止法違反その他)についても、裁判所は否定。
 以上より、本件控訴を棄却。

 2.コメント
(1)
 上記の知財高裁の判決は、一審の東京地裁が、そもそも本件で被告(楽天)は、問題となったサイトでの本件各商品を「譲渡」または「譲渡のための展示」をした主体にあたらない以上、商標権者の専有する本件商標に関する使用権を侵害しえない、と判断したのに対し、上記1の1)で引用しましたとおり、「ウェブページの運営者が、単に出店者によるウェブページの開設のために環境等を整備するにとどまらず、運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い、出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者」であって、「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」は、「その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り、上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し、商標権侵害を理由に、出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができる」という、新しい判断枠組を示したところにポイントがあると言えます。

 既述しましたとおり、第一審の東京地裁判決では、商標法違反を認定するためには、楽天が各出店者に対し、相当程度強固な支配・関与があったり、各出店者から楽天が相当程度の利益を得たりといった、比較的「強度の」関係が必要である、というニュアンスの判断を示していましたが、今回の知財高裁判決では、商標法違反を認定するためには、そこまで強度の関係は必要ではない、として、比較的緩やかな要件のもとで同法違反を肯定する余地を認めた、ということになるかと思います。

 また、知財高裁判決は、上記1の1)で「ウェブページの運営者は、商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは、出店者に対しその意見を聴くなどして、その侵害の有無を速やかに調査すべきであり、これを履行している限りは、商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが、これを怠ったときは、出店者と同様、これらの責任を負うものと解されるからである。」とありますとおり、問題となった標章に商標権侵害があるかどうかという調査義務を負わせており、ウェブページの運営者に対して比較的厳格な義務を認めた点もポイントと言えるように思われます。

(2)
 また、上記1の1)(3)の「商標権を侵害する行為は商標法違反として刑罰法規にも触れる犯罪行為であり、ウェブページの運営者であっても、出店者による出品が第三者の商標権を侵害するものであることを具体的に認識、認容するに至ったときは、同法違反の幇助犯となる可能性がある」という下りは、先日のウィニー事件最高裁決定(平成23年12月19日)の決定文における判断基準のうち「ソフトの提供者において、当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、その公開、提供を行い、実際に当該著作権侵害が行われた場合」という部分を意識しているようにも読めました(まあ、上記(3)の判示内容は幇助犯一般に言えることではあるでしょうから、ウィニー事件からヒントを得たとは言えない可能性も結構ありますが・・・)。

(3)
 本件判決を読んで私が気になったのが、以下の点です。

① 上記判示における「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」という基準のうち、「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき」というのは、商標権侵害の有無について調査を尽くした後、商標権侵害があることを知ったとき、という意味だと思われます。
 しかし、ある標章が他人の商標権を侵害しているかどうかは、直ちには判明せず、その判断に時間を要したり、またその判断自体が微妙で裁判所の判断を経ないと何とも言えない、という場合(典型的には、商標の類比が問題になる場合)も往々にしてあるように思うのですね。
 そういう場合には、商標権侵害の有無の調査・判断について長い時間がかかっても、その調査をしている間は未だ「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき」には該当しない、という理解で良いのでしょうか。そうではなく、調査をしている期間にも限度があり、一定期間経過後は、どこかの時点で上記の「又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」という要件の方に該当してしまうのでしょうか。

 この点、上記1の1)の判示内容の(2)では「仮に出店者によるウェブページ上の出品が既存の商標権の内容と抵触する可能性があるものであったとしても、出店者が先使用権者であったり、商標権者から使用許諾を受けていたり、並行輸入品であったりすること等もあり得ることから、上記出品がなされたからといって、ウェブページの運営者が直ちに商標権侵害の蓋然性が高いと認識すべきとはいえない」とあります。
 ここで、「出店者が先使用権者であったり、商標権者から使用許諾を受けていたり、並行輸入品であったりすること等」という文言となっていて、商標の類比が問題になっている場合が「ウェブページの運営者が直ちに商標権侵害の蓋然性が高いと認識すべきとはいえない」例として挙げられていないことからしますと、商標の類比が問題になる事例では、そもそもそうした標章の存在自体をウェブページ運営者(本件では楽天)が知った時点で、出店者に対し削除を求めないといけない、という考え方を裁判所はしているのだろうか、とも思われるところです。

 また、そもそも「又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」とは具体的にどういう場合のことを指しているのかも、必ずしもはっきりしないように思われます。

 以上、「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」という要件についての裁判所の考え方が、判決内容からは今ひとつ明らかではないように思われました。

② 判決のあてはめ(上記1の2))の部分で、「また、前記(略)の番号3~8の展示については、展示日から削除日まで約80日を要しているが、一審被告が確実に本件商標権侵害を知ったと認められるのは本訴訴状が送達された平成21年10月20日であり、同日から削除日までの日数は8日である。」との判示があります。
 これってよく読むと、「商標権侵害を知ってから合理的期間内に是正」したと評価できるのか、結構微妙な気がしなくもありませんね。
 上述した「その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったとき」という要件にはない、「確実に」という文言が上記のあてはめに出てきてしまっていますし・・・。
 また、訴状の送達をもって「商標権侵害を知った」と評価している点にも、よくわからない部分が残ります。

(4)
 上記(3)①・②も含めて私なりに考えますと、商標権違反らしき標章を使用した商品等を出店者が出店していることをウェブページの運営者(楽天)が知った場合には、それが本当に商標権侵害になりうるか否かという法的議論が生じうるものであったとしても、知った段階で直ちに出店者に対して当該商品等を削除することを裁判所は結局のところ要請しているようにも思えますし、今回の知財高裁判決を前提とする限り、実務上はそのように保守的な処理をせざるを得ないように思われます。楽天のようなモールの運営会社にとっては、厳しい判決が出たということになりますでしょうか。
 ただ、それが本件のようなインターネットモールにおいて商標権侵害に該当しうる(しかし、結果的には該当しないかもしれない)問題が生じた場合の処理の在り方として本当に望ましいものなのかどうか・・・については、別途議論の余地があるようにも思っております。
 本件、上告(または上告受理申立て)がなされたか否かは把握できていないのですが、上告審の審理がもしなされるのであれば、引き続き注目すべき事件と言えそうです。

* * *

 本件、ようやくブログ記事が完結しました。本日はこんなところで・・・。

2 件のコメント:

  1. いつも楽しみに拝見しております。
    商標の類比が問題となる場合は、今回の判決とは事例が異なることから、むしろ今後の判断に委ねられているのではとの印象を持ちました。
    実質的にも、明確に判断が付きにくい事項について、過度に保守的に反応するか、リスクを負うかの二者択一をサイト運営者に迫ることを裁判所が是とするかについて一考の余地があろうかと存じます。

    返信削除
    返信
    1. コメント誠にありがとうございます。返信が遅れて申し訳ありません。
       商標権侵害に関して明確に判断が付きにくい事項が今後の他の裁判で問題になった場合には、ご指摘のとおり裁判所はまた別の考慮をする可能性はあるように私も思います。また、仮に本件について最高裁が判断を下す場合には、最高裁自身がそうした点も十分に考慮に入れた上で新たな判断基準を定立する可能性もあるだろうな、とも思っております。
       今後とも、本ブログ(及び本家ブログ)をご愛顧頂けますと、大変幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。

      削除