2012年2月12日日曜日

[再掲]ウィニー(Winny)事件最高裁決定(後編)

(以下は、本ブログの親ブログである「弁護士川井信之のビジネス・ロー・ノート」に昨年12月26日にアップした記事を転載したものです。)

* * *

 さて、すっかり書くのが遅れてしまったWinny事件最高裁決定の後編になります。
 前回(12月21日)の記事では、判断基準(規範)に関する第一審、控訴審、最高裁の内容を比較して紹介したところで終わっておりましたので、本日の後編では、あてはめ部分と結論について言及させて頂きたいと思います。


1.
 まず、前回のブログ記事のおさらいになりますが、最高裁は、本件のような価値中立ソフトの提供行為について幇助罪が成立するための要件として、以下の基準を定立しました(下線は筆者による)。

「かかるソフトの提供行為について、幇助犯が成立するためには、一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり、また、そのことを提供者においても認識、認容していることを要するというべきである。すなわち、ソフトの提供者において、当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、その公開、提供を行い、実際に当該著作権侵害が行われた場合や、当該ソフトの性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で、提供者もそのことを認識、認容しながら同ソフトの公開、提供を行い、実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り、当該ソフトの公開、提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。」

2.
 以上の判断基準を受けて、最高裁決定は、本件への「あてはめ」へと移ります。

 まず最高裁は、「被告人が、現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、本件Winnyの公開、提供を行ったものではないことは明らかである」と判示し、上記1の①の要件の存在を否定します。

3.
 続けて、本件の本題である上記1の②の要件の該当性の有無に議論を移します。

(1)
 まず最高裁は、上記1の②の前段の要件である「当該ソフトの性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合」にあたるかどうか、すなわち、客観面の状況について、以下のように述べました。

・「当該ソフトの性質」=「Winnyは、それ自体、多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とするソフトであるとともに、本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利用する場合にも、摘発されにくく、非常に使いやすいソフトである。」

・「その客観的利用状況」=「・・・、ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については、時期や統計の取り方によって相当の幅があり、本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが、原判決が引用する関係証拠によっても、Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で、かつ、著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。」

・「提供方法」=「違法なファイルのやりとりをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ、ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく、無償で、継続的に、本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。」

 最高裁は以上を受け、「これらの事情からすると、被告人による本件Winnyの公開、提供行為は、客観的に見て、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開、提供行為であったことは否定できない。」と判断しました。
 すなわち、最高裁はこの部分で、上記1の②の前段の要件である「当該ソフトの性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合」にあたる、つまり客観面の要件は充足する、と判断した訳です。

(2)
 続けて、最高裁は、上記1の②の後段の要件である「提供者もそのことを認識、認容しながら同ソフトの公開、提供を行い」という、主観面の要件該当性についての検討に移ります。

(a)
 「他方、この点に関する被告人の主観面をみると、被告人は、本件Winnyを公開、提供するに際し、本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや、そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの、いまだ、被告人において、Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。」

(b)
 「確かに、
① 被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(以下「開発スレッド」という。)には、Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者が多数の書き込みをしており、被告人も、そのような者に伝わることを認識しながらWinnyの開発宣言をし、開発状況等に関する書き込みをしていたこと、
② 本件当時、Winnyに関しては、逮捕されるような刑事事件となるかどうかの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等において多数流されており、被告人自身も、これらの雑誌を購読していたこと、
③ 被告人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。
 これらの点からすれば、被告人は、本件当時、本件Winnyを公開、提供した場合に、その提供を受けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識していたことは明らかであり、そのような者の人数が増えてきたことも認識していたと認められる。」

(c)
 「しかし、
①の点については、被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込みには、自己顕示的な側面も見て取れる上、同スレッドには、Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけではなく、Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており、被告人自身も、同スレッドに、「(筆者注:決定文には文言が記載されていますがここでは略します)」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書き込みをしていたと認められる。
 これによれば、被告人が著作権侵害のために利用する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開、提供していたとはいえない。・・・(後略)」

 「②の点については、インターネットや雑誌等で流されていた情報も、当時の客観的利用状況を正確に伝えるものとはいえず、本件当時、被告人が、これらの情報を通じてWinnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認められるとしても、Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわけではないのであるから、著作権侵害のために利用する者の割合が、前記関係証拠にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを認識、認容していたとまでは認められない。」

 「③の被告人自身がWinnyのネットワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点についても、当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠が薄弱である。」
 「むしろ、・・・、被告人の関心の中心は、P2P技術を用いた新しいファイル共有ソフトや大規模BBSが実際に稼働するかどうかという技術的な面にあったと認められる。・・・。そして、前記のとおり、被告人は、本件Winnyを含むWinnyを公開、提供するに当たり、ウェブサイト上に違法なファイルのやり取りをしないよう求める注意書を付記したり、開発スレッド上にもその旨の書き込みをしたりして、常時、利用者に対し、Winnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたのである。」

(d)
 「これらの点を考慮すると、いまだ、被告人において、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していたとまで認めることは困難である。」

4.
 以上を受け、最高裁は、以下のとおり結論を示しました。
「以上によれば、被告人は、著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざるを得ず、被告人につき著作権法違法罪の幇助犯の成立を否定した原判決は、結論において正当である。」

* * *

 上記の最高裁の判示を読んで、私が思ったことは、以下のとおりです。

◯最高裁のあてはめの上記3(1)について

①上記3(1)で、「ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」と言えるか否かの判断要素として、「当該ソフトの性質」「その客観的利用状況」「提供方法」の3つが挙げられていますが、「例外的とはいえない範囲」かどうかという、当該要件該当性判断の中核的要素たる部分の判断は、結局のところソフトの客観的利用状況のみを考慮しているように思われます。(他方、「当該ソフトの性質」「提供方法」という他の要素は、「蓋然性の高さ」に関係する要件であると思われます)

②上記3(1)では、「4割」という数字が、「例外的とはいえない範囲」に該当することを、最高裁は示唆しているように読め、今後の事例においてこの「例外的とはいえない範囲」にあたるか否かの判断にあたり、この「4割」という数字が、一定の重要性を持つと思われます。(少なくとも、4割を超える割合の事例においては、この「例外的とはいえない範囲」に該当する可能性が高いと思われます。)

③(あてはめに対する感想ではなく、判断基準についてのコメントになりますが)そもそも何故最高裁は「例外的とはいえない範囲の者」という、少し妙な言い回しを使用したかという点について自分なりに想像してみたのですが、それは、「多くの者」とか「相当程度の者」といった言い回しの基準よりもより低い基準を設定することが適切と考えたからではないか、と思いました。
 より具体的には、50%を下回る場合にも要件に該当するような基準にすべき、という考慮があったのではないか、と思われます。
 この点、上述の「多くの者」とか「相当程度の者」という文言ですと、50%は超えているかのような解釈をされかねないので、「例外的とはいえない範囲」と表記すれば、50%未満の場合にも要件該当性があると解釈されうる文言になっているので適切であろう、と最高裁は考えたように推測されます。

◯最高裁の判断の上記3(2)について

 ここでの最高裁の判示内容が必ずしも説得的とは思えなかったのは私だけでしょうか・・・。
 判示で挙げられている事実を前提にしても、最高裁の多数意見とは逆の結論、すなわち、被告人が、本件Winnyを公開、提供した場合に、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識、認容していた、と判断する余地も十分にありえる、際どい判断であったのではないかと個人的には思っております。

 そもそも最高裁はここで被告人が「本件Winnyを公開、提供するに際し、本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや、そのような者の人数が増えてきたことについては認識していた」ことを認定しているのですが、「Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者の人数が増えてきたこと」の認識・認容と「例外的とはいえない範囲の者がWinnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高いこと」の認識・認容とは、その境界線が非常に曖昧であり、同じ事実を前提にしても評価の仕方によって結論がどちらにも振れる可能性のあるものではないかと思っております。

 また、本件では、そもそも客観面では「例外的とはいえない範囲の者がWinnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」ことが認定されています。このように、客観的には「例外的とはいえない範囲の者がWinnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」状況下でソフトの開発・提供行為をしている場合に、「いや、例外的とはいえない範囲の者がWinnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況とは認識も認容もしていなかった」と結論づけるには余程の説得的な論証が必要と思われるのですが、最高裁の上記の判示がそれに成功しているとはどうにも思えないのですね・・・。

 この点、本件決定では、大谷剛彦判事が反対意見を述べられていますが、大谷判事が多数意見に反対する理由もこの点でして、大谷判事は反対意見の中で、「本件において、被告人に侵害的利用の高度の蓋然性についての認識と認容も認められると判断するものであり、多数意見に反対する理由もここに尽きるといえよう。」と述べております。
 大谷判事のような逆の結論を採る裁判官がおられるというのも、個人的には、多数意見の「あてはめ」の判示内容を見る限り、よくわかる気がするところです。

* * *

 以上のとおり、本件は判断基準、及びあてはめとも、いろいろと分析・議論がなされうる内容を含んでいるものと思われ(ただ、本件で被告人に対して無罪の結論が確定したことに関しては、ほとんどの方々(一般人の方々を含め)が結論に賛成されているように見受けられます)、今後の同種事例に対してもどのように考えるべきかについて、様々な材料を与えてくれたような気がいたします。

 最後に、今回の判示内容で個人的に一番印象に残ったのは、大谷判事の反対意見の中の(傍論的な記載になっていましたが)、このくだりです。
「被告人の開発、提供していたWinnyはインターネット上の情報の流通にとって技術的有用性を持ち、被告人がその有用性の追求を開発、提供の主目的としていたことも認められ、このような情報流通の分野での技術的有用性の促進、発展にとって、その効用の副作用ともいうべき他の法益侵害の危険性に対し直ちに厳罰をもって臨むことは、更なる技術の開発を過度に抑制し、技術の発展を阻害することになりかねず、ひいては他の分野におけるテクノロジーの開発への萎縮効果も生みかねないのであって、このような観点、配慮からは、正犯の法益侵害行為の手段にすぎない技術の提供行為に対し、幇助犯として刑罰を科すことは、慎重でありまた謙抑的であるべきと考えられる。多数意見の不可罰の結論の背景には、このような配慮もあると思われる。
 本件において、権利者等からの被告人への警告、社会一般のファイル共有ソフト提供者に対する表立った警鐘もない段階で、法執行機関が捜査に着手し、告訴を得て強制捜査に臨み、著作権侵害をまん延させる目的での提供という前提での起訴に当たったことは、いささかこの点への配慮に欠け、性急に過ぎたとの感を否めない。(中略)
 一方で、一定の分野での技術の開発、提供が、その効用を追求する余り、効用の副作用として他の法益の侵害が問題になれば、社会に広く無限定に技術を提供する以上、この面への相応の配慮をしつつ開発を進めることも、社会的な責任を持つ開発者の姿勢として望まれるところであろう。(後略)」
 
* * *
 
 いや、かなりの分量になりました。ようやく書き終わった。
 

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